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生活者が作る“心から笑える社会”

此処に1枚の写真がある。
若い女医さんが両手を広げて10歳前後の子供たちを抱えている。
彼女と9名の子供たちとインターン生のような青年が家族の肖像のように見える。
女医さんの笑顔は限りなく優しく、青年も子供たちも心から笑っている。
みんなの服装は質素だが、質素のなかに安心感や幸せ感がにじんでいる。
こんな日本があったんだ・・一度観たら心に染み付いて忘れられない光景・・
伊勢湾台風で5000人の人が犠牲になり、名古屋市南区全域が崩壊した直後の、星崎町に作られた小さな診療所の一コマ。いのちの灯火を思わせる星崎診療所の写真である。

1965年、星崎診療所は先発していた南医療生協に合流して、南区の本格的な地域医療活動が始まった。68年にはたから診療所、76年には南生協病院が設立され、その後四半世紀にグループホームなも等、35箇所を超える医療施設が増設されていった。

今年の3月、南生協病院の緑区への移転を機に、僕らは南医療生協の撮影を始めた。理由は簡単だ。この愛知県の南医療生協には笑いと親切が満ち溢れているからだ。6万人の会員を有する生活協同組合にも拘わらず、会員たちは自分の言葉で自由に発言し自己主張もする。全く信じられないことだが、巨大組織にもかかわらず会員ひとりひとりの顔が見えるのである。何よこの団体は? 僕はこの摩訶不思議な組織体に驚き、やがて感動し、小池征人監督にドキュメンタリーで撮ろうと持ちかけた。「いのちの作法」「葦牙」に続く小池監督の“いのち”の三部作の総集編にしようと考えたからだ。

僕はこの15年、「Discover true Japan」を標榜して地域社会を舞台にしたドキュメンタリー映画を作ってきた。日本社会が発展する中で捨て去ったもの、忘れ去ったもの、地方で辛うじて生き残ってるもの、そうしたものの中から次代に受け渡すべきものを掘り出していく映画作りである。明日から踏み出す未来は常に白紙であり、試行錯誤の転びそうな時間の連続である。そんなとき、電車の吊り革のような役目を果たす映画のことである。
こうした映画作りは、自分たちだけでは出来ない。地域の人たちと協働して作っていく事で初めて成就できるのもので、「いのちの作法」も「葦牙」も、そうして皆で作ってきた作品である。
10月からは小池監督や一之瀬カメラマンに映画学校を出た助手の2人が加わり、更に事務局関係者や多くの会員さんに協力して頂き撮影を続けている。愛知・南医療生協がどんな映画になるか僕にもまだ分らないが、しかし、ひとつだけ確信を持っていえることがある。それは、あの50年前の1枚の写真の笑顔が今日の6万人の人々に受け継がれている事実だ。心から笑える社会・・南医療生協の活動を通じ皆で発見したい課題である。

                         プロデューサー・武重邦夫

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