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 長野県安曇野にある保健婦資料館の庭にブロンズの保健婦像が建てられています。清楚な制服と肩にかけた保健婦を象徴する訪問鞄…「白衣の天使」の看護婦とは異なる地味で親しみのある女性像です。私たちは子供の頃から、シラミ退治のDDTや寄生虫の集団検便、ツベルクリン接種などで多くの保健婦さんと接してきました。従って、彼女たちを気軽に「保健婦のおばさん」などと呼んでいたのですが、実際のところ、彼女たちは看護婦取得者が更に地域看護学を習得した高度な専門職だったのです。
 そんな無知蒙昧な私たちが「保健婦さん」に取り組んだのは、映画「いのちの作法」の上映で安曇野の保健婦資料館を訪ねたのがきっかけでした。2008年夏のことです。研修会は一泊2日でしたが、驚いたのは、学者や専門家を招いた講義や討論がギッシリの学習スケジュールでした。70、80代の女性たちが熱心にノートを取り「日本の保健行政や地域看護の未来」について熱く論議しあっている。本当に信じられない光景でした。
 これが「保健婦のおばさん」の正体なのか! 私たちは己の無知を恥じると共に、実は日本人の大半が「保健婦さん」の実態について何も知らないことに気づきました。私は90歳の保健婦・前田黎生さんの姿に、昭和が色濃く滲む「保健婦さん」と呼ばれた十数万人の女性たちの人生を垣間見た気がしました。彼女たちが妻として母として女性として日本社会と関わった「保健婦人生」とは何だったのか? 翌2009年の春、私たちは「日本の保健婦さん」の撮影を開始しました。前田さんの1世紀に及ぶ人生は複雑膨大で、日本の戦後史や女性史と深く重なります。敗戦後、朝鮮動乱を機に日本経済は急激に復興し始めますが、それにつれて「森永ヒ素ミルク事件」「カネミ油症事件」「水俣病」「四日市ぜんそく」「ダイオキシン汚染事件」など次々と産業公害が日本社会を覆い尽くしていきます。
 こうしたプロセスを経て日本は世界有数の経済大国になったのですが、しかし、振り返ってみれば、その繁栄の負の部分が無数の「保健婦さん」と呼ばれた女性たちの人間力に支えられていたことに気づく筈です。映画「日本の保健婦さん―前田黎生・95歳の旅路―」は、「保健婦」という膨大な無名の女性たちの生き様を日本の女性史に刻み込む作業の第1歩です。

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「保健婦としてでなく、人間・前田黎生として撮ってください」
「ええっ!?」
「私は模範的な保健婦じゃないし、第一、保健婦なんか撮っても面白くないわね」
 2009年の春、最初にお会いした時の前田流のご挨拶パンチでした。成程、ご本人が仰る通りです。前田さんの人生は誕生から保健婦になるまでの23年間が波瀾万丈の面白さ…おまけに彼女は頭脳明晰で70年前の出来事や人の名前まではっきり覚えておられます。「凄い人生ですね…」カメラマンの金澤裕さんと感嘆したものです。しかし、昭和17年に名古屋の保健婦1期生になってからの話も面白かったし、戦後の保健活動や恋愛話や土曜会に参加して「集う会」を設立するまでのエピソードは実に意味深い貴重な保健婦史のように思えました。前田さんは「保健婦じゃなくて人間・前田黎生を撮れ」と言われましたが、彼女を掘り下げていくと、結局、浮かび上がってくるのは保健像です。模範的ではないかもしれないが、頑固で理屈っぽく意地悪なところもあるが、やはり、道を究めようと努力しているひとりの保健婦さんの人生と言わざるを得ませんでした。
 この撮影を通じて学んだことが多々ありました。特に驚いたのは、終戦後にGHQの意向で作られた「新しい保健所」というPR映画です。
 この映画は憲法25条のナレーションから始まり、日本人の生存権や社会福祉を高らかに謳っているのです。日本の復興と繁栄は国民の健康を守るところから始まると宣言しているのです。21世紀の今日こそ、こうした保健所の運営に対する志の高さが必要ではないかと感じました。
 もう一つは、前田さんのお話に基づき鳥取県の大山町に船越さんという保健婦さんを訪ねた時の事です。船越さんは小柄な女性ですが、大山町役場の保健婦として一人で地域を守ってこられた人でした。何十年もひとりの保健婦さんが地域を守ってきた…? 伺えば、全国津々浦々の村落では船越さんの様な方が頑張っておられるとのことでした。保健や医療の世界では誰もが知っている当たり前のことかもしれません。しかし、愚かにも僕はこの事実を知らなかったのです。大いに恥じ入りました。
「日本の保健婦さん―前田黎生・95歳の旅路―」は母性的な優しい保健婦さんを描いた作品ではありません。むしろ逆で、数奇な運命との闘いを続けてきた異色の保健婦さん…そんな女性の1世紀を描いた作品です。この作品が契機になり、僕は船越さんのように地方の地域社会を守っておられる女性たちに光を当てたいと思うようになりました。
 政治は「女性が輝く社会」を提示しましたが、それよりも先に、全国の過疎地域で声もなく黙々と頑張っている保健婦さんの輝きを正当に評価すべきではないでしょうか。

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