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はじめに

今回は脚本の場面順に話を進めていくつもりだったが、この映画は物語が幾重にも複層しているので、まず、ガイドとして基本事項を書き記すことにした。昔の長篇小説には、目次のほかに人物表が付いていたのを思い出したからだ。正直言って、映画を観ていない人に僕の書くことが通じるのか不安である。しかし、今どきの映画館では上映しているはずはないので不可能だ。願わくば、DVDでもいいから作品を観ていただきたいと思う。日活作品なのでインターネットでの購入も可能だ。僕らは『楢山節考』と『うなぎ』でカンヌ映画祭のグランプリ最高賞パルムドールを受賞したが、『神々の深き欲望』はそれら2作を超えるお薦め作品だからである。

作品のモチーフ

『神々の深き欲望』は3時間に及ぶシネマスコープ画面の長篇映画である。
また、今村作品では初めてのカラー映画である。当時、プログラムピクチャー(劇場の上映プログラムを調整するための映画)はほとんどカラー(総天然色映画と呼ばれた)になっていたが、黒澤明監督や今村監督は日本のカラー技術を信用していなかった。その今村さんが『神々〜』をカラーで撮ろうとしたのは、沖縄のエメラルドグリーンの海と赤土の岩穴と強烈な太陽の暑さを描きたかったからである。
しかし、日本で多く使われていたフィルムはイーストマンカラーで青味が強い。そこで赤土の色を出すために、ドイツのアグファ社のカラーフィルムを使うことになった。
察するに、今村さんのイメージにあったのはゴーギャンが描いたタヒチの色濃さであり、油絵のような重厚な感じの映画を目指していたのであろう。この監督の希望に応えられるのはアメリカのテクニカラーしかない。しかし、調べてみるとあまりに高価で日本では望むべくもない。フィルムと現像代で日本映画が5本くらいできてしまうのだ。さすがの今村さんも諦めざるを得なかった。

今村さんは南国の小島を舞台に描かれた『太陽狂想』という短編作品と出会い、ゴーギャンのタヒチの色濃い赤土や緑の樹木や骨太の女性をイメージしたに違いない。
安達征一郎氏の小説『太陽狂想』は、小さな島の獰猛(どうもう)な網元の若い妾を奴隷のような船子の青年が愛してしまう。やがて二人はクリ船で島を脱出するが、追いかけてきた島人たちに海上で撲殺されてしまう物語だ。今村さんはそれを原作に『禁じられた海』という幻想的な素晴らしい脚本を書き、それを成長させて『神々の深き欲望』の構想をたてた。
『神々の深き欲望』にはもうひとつのモチーフが被さっている。今村さんが長谷部慶治先生と執筆した戯曲『パラジ・神々と豚々』である。「パラジ」とはハロウジ……同胞(はらから)という意味で、強い絆(きずな)で結ばれた血縁関係者や同郷者の関係を表す言葉でもある。
『パラジ・神々と豚々』は昭和37年に小沢昭一氏が率いる俳優小劇場で公演された。
ストーリーはよく覚えていないが、離島から東京に出てきた青年が同郷者の町工場に勤務し、血縁者であるが故に自由を束縛され苦しむ話だった。土着と近代化の間に血縁の絆が絡んで個人の自由を縛り込んでいく。そこから解放に向けて脱出しようともがく人間の姿は、従来の今村映画が追い求めてきたテーマである。
当時、演劇学生だった僕はその舞台を見て、場面展開の多さと速さに映画を観ているような印象を受けた。この多数の素早い舞台転換を指揮したのが舞台監督の藤田傳さんだった。
今村さんは、藤田傳さんの見事な舞台捌(さば)きに惚(ほ)れこみ『神々の深き欲望』のチーフ助監督に招いたのである。『神々の深き欲望』は『禁じられた海』と『パラジ』重ね合わせて、沖縄の土着文化で包み込んだロールキャベツのような映画でもある。

物語のあらすじ

ガジュマルの大樹の下で、足が不自由な里 徳里が蛇皮線を弾きながら、クラゲ島の創世記を語っている。この島は、今から二十余年前、四昼夜にわたる暴風に襲われ津波にみまわれた。
台風一過、島人たちは、根吉の作っている神田に真赤な巨岩が屹立(きつりつ)しているのを発見した。神への畏敬(いけい)と深い信仰を持つ島人たちは、この凶事の原因を詮議(せんぎ)した。そして、兵隊から帰った根吉の乱行が、神の怒りに触れたということになった。根吉と彼の妹ウマの関係が怪しいとの噂(うわさ)が流布した。区長の竜 立元は、根吉を鎖でつなぎ、穴を掘って巨岩の始末をするよう命じた。その日からウマは竜の囲い者になり、根吉の息子・亀太郎は若者たちから疎外された。そんな折、東京から製糖会社の技師・刈谷が、水利工事の下調査に訪れた。文明に憧れる亀太郎は、叔母のウマから製糖工場長をつとめる竜 立元に頼んでもらい、刈谷の助手になった。二人は島の隅々まで、水源の調査をしたが、随所で島人たちの妨害を受けて、水源発見への情熱を喪失していった。刈谷は、ある日亀太郎の妹のトリ子を抱いた。トリ子の純粋さと魅力に惹(ひ)かれた刈谷は婿同様になる。刈谷は根吉からムコと呼ばれ進んで穴掘りを手伝い、クラゲ島に骨を埋めようと決意するのだった。
だが、刈谷は会社からの帰京命令と竜の説得で島を去った。一方、根吉は、穴を掘り続け、巨岩を埋め終わる日も間近にせまっていた。ところが、そこへ竜が現れ、仕事の中止を命じた。根吉は、二十余年も打ち込んできた仕事を徒労にしたくなかった。根吉は頑として竜の退き命令を聞き入れなかった。

豊年祈祷(きとう)の祭りの夜。竜はウマを抱いて腹上死したが、竜の妻は積年の嫉妬(しっと)の恨みで家に火をつけ、根吉が夫を殺したと村人に告げる。そのころ、根吉は竜の妾(めかけ)から解放された妹ウマを連れて島を脱出した。小舟の中で二人は抱きあったが、島人たちの追跡から逃れることはできなかった。亀太郎を含めた青年たちは、面をかぶり櫂(かい)で根吉を撲殺し、海に落ちた根吉は鮫(サメ)に喰(く)いちぎられた。夕日の中での惨劇は終わった。ウマは帆柱に縛られたまま放置され、いずことも知れぬ海原へ消えていった。
五年後、部長になった刈谷が妻や社長夫人(義母)と観光客で賑わっているクラゲ島にやってきた。亀太郎は一度東京へ行ったが、いつの間にか島に戻り、今は蒸気機関車の運転手をしている。そして観光列車に乗った刈谷に、島人たちは刈谷を待ち焦がれたトリ子が岩に化身したと伝える。刈谷は無言で車窓から岩を眺める。里 徳里が今日もまたクラゲ島の創世記を蛇皮線で弾き語っていた。(「goo 映画」より抜粋加筆)

キャスト表

太 山盛(78)…主人公・亀太郎の祖父・・・ 嵐寛寿郎
太 根吉(45)…亀太郎の父・・・・・・・・三國連太郎
太 ウマ(35)…根吉の妹、竜立元の妾・・・ 松井康子
太 亀太郎(22)…根吉の息子、本編の主人公・ 河原崎長一郎
太 トリ子(19)…亀太郎の妹、知的障害の娘・ 沖山秀子

竜 立元(55)…クラゲ島区長・・・・・・・・加藤 嘉
  ウナリ(60)…竜の妻・・・・・・・・・・・原 泉
里 徳里(48)…傷痍軍人・吟遊詩人・・・・・浜村 純
  ウト(45)…徳里の妻・・・・・・・・・・中村たつ
麓 金朝(45)…漁労長・竜の部下・・・・・・水島 晋

刈谷技師(37)…東京から来た測量技師・・・・北村和夫
島尻技師(40)…前赴任した測量技師・・・・・小松方正
比嘉  (55)…沖縄本島からの行商人・・・・殿山泰司

刈谷夫人(35)…刈谷の妻・・・・・・・・・・扇 千景
東光悌夫人(60)…刈谷の会社の社長夫人・・・細川ちか子
島の住民、青年たち。

スタッフ編成

監督・・・・・今村昌平 
脚本・・・・・今村昌平
       長谷部慶治

音楽・・・・・黛敏郎
振り付け・・関矢幸雄

助監督・・・藤田傳(チーフ)※通称「傳さん」
       岡本孝二(セカンド)
       武重邦夫(サード) ※「タケちゃん」
       黒島擴智(フォース)※「クロちゃん」

撮影・・・・・栃沢正夫(カメラマン)※「とっちゃん」
       川本 茂(チーフ)
       岡本靖之(セカンド)
       水野正樹(サード)

照明・・・・・岩木保夫(ライトマン)
       木村定広(チーフ) ※「モクさん」
       森下克朗(セカンド)
       山田 茂(サード)
       伊藤 明(フォース)

録音・・・・・紅谷愃一(録音技師)※「紅やん」
       鈴木昭二(チーフ)
       信岡 実(セカンド)※「ノブちゃん」
       井垣良浩(サード)

美術・・・・・大村 武
美粧(メイク)高木茂 ※「シゲルちゃん」

編集・・・・・丹治睦夫
       岡安一
       中原淳巳
スクリプター・岡本孝二(助監督兼)
スチール・・・土屋 豊

制作・・・・・山野井政則(プロデューサー)※「山ちゃん」
       長谷川和彦         ※「ゴジ」
       高野宏
       山下稔
       山谷哲夫(早稲田の学生)

川平世話人・・南風野喜作   ※「キサクさん」
石垣世話人・・石垣信行
       細原きよ
福嶺青年(トラック運転手) ※「福ちゃん」
安里善栄(イトマン集落世話人)

衣装とメイクで人物像の基本を作る

この映画は1962年のクラゲ島がドラマのメイン舞台である。クラゲ島の人々はやせた土地に住み、漁業と砂糖黍(サトウキビ)で生計を立てている。島人たちは貧しいが信仰心が厚く、古い伝統に従った慎ましい生活を送っている。このクラゲ島は離島の1群に属し区長(竜立元)が仕切る行政区だが、共同体の実際の生活は伝統的風習とノロと呼ばれる巫女(みこ)たちの占いにより営まれている。
「これは時代劇ですか?」
アメリカ文化センターのセッちゃんから訊(たず)ねられて僕は説明に窮したことを覚えている。
「時代は現代ですが、クラゲ島は発展途上で近世の部分を抱え込んでいるのです。ほら、僕らは神社に行くと神道と関係なくても自然に拍手(かしわで)を打つでしょう」
「アニミズムの残滓(ざんし)?」
「東京がビル街に変わってもわれわれ日本人の精神構造は古く簡単には変わらない。クラゲ島はその象徴なのです」僕は生半可の答えをしてごまかしたものだった。

実際に衣装を決めるのは苦労した。太家は根吉が島の掟(おきて)を破り疎外された生活をしている。
長い大木の切株に屋根掛けした家は古代人の住居そのものだし、亀太郎以外はまともな衣装はなく、裸にボロボロの芭蕉布を纏(まと)っているだけだ。
祖父の山盛(嵐寛寿郎)と根吉(三國連太郎)の衣装は古い芭蕉布の着物を入手して、木槌(きづち)で叩いて繊維の密度をほぐして、更に軽石で擦り切れる感じを出していく。こうして衣装から人物の生活のリアリティを演出するのだが、最終的には俳優さんたちに毎日着てもらい、身体の線に着物が馴染(なじ)むように依頼する。三國さんは役作りのためなら自分の歯も切る人なので、川平にいるときは24時間ボロ衣装を着けたままで過ごした。三國さんがガジュマルの下で休んでいるのを見た村の人が、「何処から乞食(こじき)が来たのか?」と怪訝(けげん)に思った話は有名だ。役づくりに徹底する俳優・三國連太郎のすごさといえよう。

ウマ(松井康子)は区長の妾になっているので、それらしい色合いの着物をあつらえた。
しかし、トリ子の衣装は簡単ではなかった。脚本ではドンゴロス(麻袋)を身に纏っていると書いてあるが、沖山秀子は骨太で身体が大きく普通の穀物を入れる麻袋では間に合わない。
仕方がないので、石垣港の倉庫を訊ねまわりアメリカ軍の大きな麻袋を調達した。
この単調な麻袋を身体に馴染ませるのは厄介な作業だったが、沖山秀子は監督にしかられながらも頑張ってトリ子の衣装を作り上げた。
太家のメンバーの衣装はあまりに石器時代風なので心配したが、今村さんが納得しているので異論を挟むのを控えた。ただ、区長の竜立元のワイシャツの上に芭蕉布の着物を重ねさせた今村監督のアイデアには、演出部として脱帽だった。カンカン帽の竜区長の姿は、一目見ただけで、近代と前近代が奇妙に交じり合う人物だとの印象を与える。そういえば、子どものころ疎開した信州の村にもこんな村長がいたっけ。さすがに今村監督の観察力はすごいものだ。

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《太 山盛》

太家が呪(のろ)われた一族になったのは、山盛が出戻った実の娘と近親相姦を行い根吉が生まれたのが原因である。つまり、根吉の母親は彼の姉でもあるのだ。しかし、この老人にはいささかな罪悪感もない。「おなごを慰めるのは男のつとめじゃ」などと信じ込んでいる怪老人である。正義と悪、聖と邪を超越している人物だ。山盛は死後に一族にお告げをするために闇の空間に巨大な幻像として現われる。衣装はボロボロに擦り切れさせたが、ある種の威厳を表すために着物の襟から肩にかけては布筋(のすじ)を固めた。

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《太 根吉》

根吉の衣装は水中で掘削作業がやりやすいように、三國さんが自ら半纏(はんてん)の長さに切り縮めた。
メイクは三國さんが連れてきた高木茂さんが担当した。根吉は足を太い鎖でつながれているので、怪我(けが)をしないように足元に薄い肉色のラバーを巻き付けてドーランで肌色をつなげる。毎朝、時間をかけて念入りに足メイクをするのが高木さんの重要な仕事だった。

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《ウマとノロ》

ウマは区長の妾だから、重要な来客に女性サービスをするときは派手な芭蕉布の着物。
普段着はスカートにブラウス。儀式の折はノロとしての白衣をまとう。

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《亀太郎とトリ子》

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《里 徳里》

徳里は竜立元や根吉と出征した戦友である。しかし、戦地で負傷して下半身が麻痺(まひ)して男の機能を失う。社会生活から遊離した徳里は次第にクラゲの聖人、預言者になっていく。
イザリ車と蛇味線とガジュマルの大樹は徳里の神性を象徴する三種の神器。プロローグでクラゲ島の創世神話を吟じる彼の顔が夕陽を浴びてグロテスクに変化するが、その顔は島の悲劇を予知するものであり、この映画の語り部でもある。

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《竜 立元》

島の権力者だが、根吉を罰則しながらも片方で戦友としての絆を持ち合う複雑な生き方をしている。彼のセリフを聞きなおすと、『パラジ』の中小企業の経営者と同根だと思った。
加藤嘉を起用した今村さんのキャスティングのうまさに感嘆する。

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《ドンガマの神様》

クラゲ島には神様がいっぱいいる。ノロは神に仕える女性たちだが、共同体を支配するのはドンガマの神様である。ドンガマの神様は仏像や基督(キリスト)像のような固定的な偶像ではない。共同体の想像力から生み出された人形で、祭りの日に、中に人間が入って動かすことで神様となる。ドンガマとはわれわれの造語で、実際の秘祭については登場場面で詳しく書きたい。

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《神々のお面》

能の翁面の原型のようなものだが、椰子(やし)の木材に生々しい表情を彫り込んで髪の毛は僕ら演出部が太ひもで編み上げて作成した。ニューギニアやフィリピンの木彫お面と異なり、沖縄の翁面は笑いを含んだ多彩な人間臭い特色を持っている。

面を付けることで、個人を消し去り神の領域に立ち入る思考は世界共通のものである。白人至上主義集団クー・クラックス・クラン(KKK)が白いガウンとマスクで黒人を殺戮(さつりく)したケースでも、外部からでなく同じ共同体の顔見知りの人間の行為なのが特徴である。『神々の深き欲望』のラストの海上シーンは映画史に残る恐ろしくも美しい場面であろう。

【写真提供:日活株式会社】

あとがき

11月上旬、大阪に滞在したので宝塚に住んでいる岡本孝二さんと24年ぶりにお会いした。岡本さんは当時、日活から『神々の深き欲望』に派遣された助監督でセカンドを務めた人だ。僕が彼に会ったのは、もちろん、先月から書き始めた『神々〜』の記憶の収集と確認のためである。岡本さんは僕より4歳上の大学の先輩で、また、演出部では4人のうち唯一の撮影所育ちのプロの助監督でもあった。藤田傳さんも僕も劇映画の助監督は初めてだったので、岡本さんから教えてもらったり助けてもらうことが多かった。僕と傳さんは頑張リズムの肉体派で頭に血が上りやすい共通点があったが、岡本さんはひょうひょうとした関西人の柔らかさを持った人で、今村さんが怒鳴っても、「まぁまぁ……」となだめてくれる特技を持っていた。おまけに、岡本さんは助監督とスクリプターを兼ねていたので常にカメラ前にいる。
僕は撮影状況は良く覚えているが、それがどこの場面だったか思い出せない悩みを抱えており、彼に会って聞きたかったのである。

「う~ん、確かにそういうことがあったような気がするが……思い出せませんね……」
やっぱり、岡本さんにも分からない。それから2時間ばかり当時のことを話し合ったが、残念ながら岡本さんからは目新しい情報は得られなかった。ただ最後に意外なことが分かった。
帰京後、出向社員の岡本さんは日活の人事ローテーションに組み戻されて『神々の深き欲望』の仕上げに参加できなかったのだ。
「ええっ、岡本さんは編集にも立ち会わなかったんですか?」僕は彼がスクリプターもやっていたので、当然、編集には立ち会ったものと信じていたのだ。
「サラリーマン・スタッフだからね。撮影が終わるとすぐ別の組に移されるんですよ」岡本さんは懐かしい笑顔で言った。
岡本さんが仕上げに参加しているとばかり思っていた僕は少なからぬショックを受けた。
ではなぜ、僕がそうした状況を知らなかったと言えば、それには深い訳がある。僕は今村プロの人間として、撮影隊が石垣島に残した食品やガソリンや種々の未払い金(借金)の人質としてひとり現地に残ったからだった。ひと月後、僕が精算を済ませ東京に戻った時には映画は既に完成した後だった。

岡本さんとお会いして、もうひとつ分かったことがある。彼と僕や藤田傳さんの『神々の深き欲望』への想いに温度差があるのは、仕事への熱意ではなく映画制作に従事した数の問題なのである。彼ら撮影所のスタッフは毎年数本の作品に関わるが、僕らが関わるのは数年に一本である。つまり、釣り人と漁師の関係に似ている。受け止める印象や記憶の差がけた違いに違うのだ。僕はこの発見に興奮して、藤田傳さんにメールを送ると次のような返事が返ってきた。
「神々、ってやはり一人一人温度差があるだろうねぇ。俺はある意味で、人生の一部だったからねぇ」
翌日、夜遅くホテルに戻ると岡本さんからの留守電が入っていた。僕や藤田傳さんがいまだに現役で走り回っているので触発され元気が出てきた。また、僕の「愚行の旅」を読んで今村監督を掘り下げなくてはならないと思った。
「今度、電話ください。大いに話しましょう」岡本さんからは、そんなうれしい言葉が残されていた。

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チーフ助監督・藤田傳氏
現地の人となって働いた傳さん。それだけに思い入れは深いのだ。
写真提供:水野正樹氏、紅谷愃一氏

「神々の深き欲望」 ⑥ やっとクランクインする へ続く