「楢山節考」 ① 俺の最後の作品になるかも知れない - 今村昌平ワールド

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『楢山節考』の緒形拳と坂本スミ子

「俺の最後の作品になるかもしれない」と今村監督は言った。

1980年8月のはじめ、今村さんから『楢山節考』の第1稿が出来たので車で迎えに来てくれと電話が入った。場所は長野県の北安曇郡小谷村、北アルプスの飛騨山脈に連なる白馬や乗鞍岳がそびえる峡谷の小さな村だ。そんなところにいたのかと驚いたが、今村さんは例のごとく旅館ではなく、地元の中村千喜さんという大工さんの2階に寄宿して脚本を書いていたのだった。
松本から安曇野を抜けて大町からさらに行くと姫川沿いに小谷村がある。夕方、中村さんの家に着くと今村さんが「おお、ご苦労さん」と迎えに出てきた。久しぶりに会うが顔色は良く元気そうだ。夕食が終わると、「とにかく書き上げた、読んでみてくれ」と脚本を渡された。今村さん独特の小さな字で書かれているのが懐かしい。『復讐するは我にあり』では馬場当、『ええじゃないか』では宮本研に脚本を書いてもらってきたが、今回はライターに遠慮せず自分で納得するものを書きたかったのだろう。
特に『楢山節考』は今村プロを設立した昭和41年(1966年)から企画の筆頭に挙がっていたものだ。あれから15年も経っているのだ。僕は隣室を与えられ、渡された脚本を一気に読んだ。今村さんの書いた脚本は、僕が読んだ深沢七郎の原作とストーリーは同じだが、内容は似て非なるものに思えた。原作の元になった姥捨て山伝説は貧困の村に生きる人々が描かれているが、今村脚本は人間が自然の動物と同列に置かれているところが違っている。撮影は大変だが、これは『神々の深き欲望』の先にある人間観だと気づき、興奮して何度も読み返した。
翌朝、今村さんは僕の感想を聞いて機嫌がよかった。帰る準備をしていると映画の舞台になる廃村を見に行こう。「俺が案内するからせい」と語尾に地元の訛りを着けて笑った。
この地域の人は語尾に「・・・せい」を付ける。中村千喜さんは特に「せい」を連発する。その言い回しが心地よいので今村さんは脚本のセリフにも多用しているのが面白かった。
同じ信州の僕の父母の地元・佐久では、語尾に「・・・なんし」を着ける。「寄っておいでなんし」なんていわれるとつい、見知らぬ家でも上り込んでしまう。柔らかく親しみのある好きな言葉だ。中村さんの裏庭から細道を上ること1時間40分、目の前に小さな廃村が現れた。
10年ほど前から村人が下山し、3年前に最後の村人が去り、廃村になったのだという。確かに人気はなく室内は荒れ果てているが、豪雪に耐えるように作られた家は頑丈で威容を誇っている。
「ここを主人公の家にして、おりん婆さんが歯を砕く納屋は裏に作るつもりだ」
今村さんは小高い神社の石垣に座り、説明してくれた。天気がよく晴れ渡り、前方に白馬岳が神々しく光って見える。
こんな辺鄙(へんぴ)な山奥に住み着き、住民たちは白馬の姿を毎日見て生活してたのだろうか。
なんとなく感傷的になって眺めていると、「これは、俺の最後の作品になるかもしれん……」
今村さんがぽつりと言った。
「まさか・・監督は前より元気に見えますよ」
「それで、今度は君にチーフをやってもらいたいのだ」
「学校があるからプロデューサーならともかく、助監督は無理でしょう」
「学校は休めばよい。俺は最後は君に仕切ってもらいたいのだよ」
「何が起きるか分からない。学校は放置できませんよ」
「思い切ってやってくれ。俺は君にやってもらいたいのだ」
「・・・」
僕は言葉を飲み込んで黙り込んだ。遠くに見える白馬岳がまぶしい。
今村さんと僕は黙り込み、長く神社に座っていた。

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メインスタッフのロケハン

※敬称は略させて頂きました。

「楢山節考」 ② 今村監督、準備稿でクランクインする へ続く