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製作総指揮 武重邦夫

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みちのくの奇跡を世界へ発信する

「沢内・いのちの作法」は岩手県の若者、23歳の都鳥兄弟により企画提案されたドキュメンタリー映画です。みちのくの誇りを広く日本全国に伝えようという壮大な構想です。
その企画提案を都鳥兄弟から受け、正直のところ私は躊躇しました。<若い映画人の育成と映画による地域創造>を目指した「映画制作研究所」 は昨年の秋に設立したばかりです。夢と情熱と第1級の技術力は持っているが、豊富な資力など在る筈がありません。制作に踏み切るか否か、とても難しい選択でした。
しかし、振り返って見れば、私たちや子供や家族が生きている日本や世界の混迷は目を覆うばかり、人間が人間としての尊厳を手放しそうな現実が目前に迫っております。こうした時代に、「人間の尊厳」 を町是の第一義に掲げた西和賀町の人々の存在は奇跡としか思えません。
世界数万の自治体の何処にも見当たらない勇気ある挑戦です。「人間の尊厳」 を静かに紡ぎ続ける小さな町とそこに住む人々…。
みちのくの誇りは私たち日本人の誇りであり、 世界の人々への希望の光です。世界に誇れる素晴らしい作品が出来ると確信しています。

Biography

1939年、愛知県生まれ。
1965年、今村昌平監督に師事し、今村プロダクション結成に参加。1975年、今村監督とともに横浜放送映画専門学院(現在の日本映画大学・日本映画学校)を創立する。現在は映画監督、プロデューサー、学校法人神奈川映像学院(日本映画大学・日本映画学校)相談役。シネマネストJAPAN創立者。
主な作品に、『復讐するは我にあり』(1979年、プロデューサー補)、『ユリ子からの手紙』(1981年、監督)、『楢山節考』(1983年、助監督)、『民と匠の伝説』(1994年、監督)、『掘るまいか 手堀り中山随道の記録』(2003年、プロデューサー)、『いのちの作法 沢内「生命行政」を継ぐ者たち』(2008年、製作総指揮)、『1000年の山古志』(2009年、プロデューサー)、『葦牙-あしかび- こどもが拓く未来』(2009年、製作総指揮)などがある。

企画・プロデューサー 都鳥拓也・都鳥伸也

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ひとりひとりの“いのちの作法”

輝く子どもたちの笑顔、精一杯自らの力で地域とともに生きようとしている障害者たちの姿、老いてその生涯をまっとうしようとしている老人たちの尊厳を支える若者たち。他者とのコミュニケーションを大切にし、お互いを支えあう地域の力が、この映画には刻まれている。
それは、普段、私たちが見過ごしている優しさや思いやり、そういったものなのかもしれない。
“いのちの作法”―――言葉だけみれば重たく硬い印象だが、この映画に登場する西和賀の人々の姿を見ると、それは身近な一歩から築いてゆくことの出来るものだと気がつかされる。
家族や親戚、友達や職場の仲間たち、そして、それらが形成する地域社会。その中で、どのように生き、どのように振舞ってゆくのか。
そうしたひとりひとりの生き方が“いのちの作法”を作ってゆくのだと西和賀の人々は教えてくれる。
この映画に映し出される出来事は2006年8月~2007年3月までの西和賀の人々のリアルな生き様である。
私たちはここに刻まれたひとりひとりの想いが、いのちの尊厳を忘れかけている“いま”に本当の人間の在り方を思い出させてくれると信じている。
今、みちのくから世界へ、『いのちの作法』が発信される―――。

Biography

1982年岩手県北上市生まれ。
2004年日本映画学校卒業後、映画監督・武重邦夫氏の主宰する『Takeshigeスーパー・スタッフプログラム』に参加。地域の文化に根ざした映画の発信を目指し、映画の企画・製作・配給について学ぶ。
このとき企画した『いのちの作法』(小池征人監督)をプロデューサーとして、2005年8月から2008年1月まで約2年半をかけて製作。翌年、2009年7月にはプロデュース第2作目となる『葦牙-あしかび- こどもが拓く未来』(小池征人監督)を発表する。2012年完成予定の記録映画『希望のシグナル』で弟・伸也は自身初となる監督業に取り組んでいる。

監督 小池征人

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継承者たちの原則

記録映画『いのちの作法』は「村長ありき」(及川和男著)を偶然手にして感銘した若い世代の熱意によって企画され実現しました。戦後六十余年に渡る歴史の中で、昭和二十年から三十五年の十五年間は日本人が真摯に命の価値を考えた原則的時代です。
ある哲学者は言います。十五年間の日本人の生き方の経験と教訓は人類史の「人間学」の百科全書的展開に当たると。そのどまん中に「命に格差があってはならない」と宣言した沢内村の「生命尊重」の理念と実践が刻印されています。そういう時代がありました。
しかし、私達は高度経済成長期以降、戦後の復興期の経験と教訓を忘れ「戦後レジームの清算」などという空疎な言葉で一刀両断的にその価値を放棄して、狂熱的日常を甘受しています。
けれど、人々の生きてきた痕跡や路傍の石を標識として立ち止まり、思い巡らして、その土地を振り返ることで、埋め込まれている事実や記憶が蘇り、その場所を丁寧に凝視することで新たな原則を発見します。
映画の仕事もまた、地域の人たちとともに地域の価値を紡ぎだし、そこから新たな糧をえて、この地で共に生きることを選び直している人たちの活動を記録することになりました。
若い世代の行動の原則は、「地域」の中にある埋もれているものの深さを測ること、隠されてあるものの奥ゆきを追想すること、沈黙するものの拡がりを想像することです。
地域で生きることは、他人の世話になることです。だから、他人のために少しだけ時間を割くこと、他人を少しでも尊重することという「相互扶助」の精神を身に帯びること。そうした人々の智恵と生き方が「いのちの作法」だと思うのです。
「人々が孤立せず、悲しまないで生きられる場所」それが地域です。地域に根を張り、真面目に考え、誠実に語り、着実に行う、というこの地の価値を継承する若い世代の行為を記録することで「地域の映画」となりました。

Biography

1944年、満州生まれ。
1967年、中央大学法学部を卒業する。東京大学新聞研究所に三年間所属、日高六郎氏に師事。その後、土本典昭監督の下で助監督として記録映画づくりを学ぶ。
主な監督作品に、『人間の街 大阪・被差別部落』(1986年)、『日本鉄道員物語1987』(1987年)、『脱原発元年』(1989年)、『免田栄・獄中の生』(1993年)、『白神の夢 森と海に生きる』(2003年)、『いのちの作法 沢内「生命行政」を継ぐ者たち』(2008年)、『葦牙-あしかび- こどもが拓く未来』(2009年)などがある。

撮影 一之瀬正史

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究極のテーマ

今まで携わってきたドキュメンタリー映画は、ストレートであれ迂回的であれ、「いのち」に行き着く表現が多かった。
今回のプロジェクトも、先人たちの大きな「いのちに関わる"遺産"」を、さらに継承・発展させようとしている人びとの現在をドキュメントしようとするものである。
若きプロデューサー、都鳥兄弟の活躍の下、完遂したい。

Biography

1945年、山梨県生まれ。
1965年、日本大学芸術学部映画学科を中退。その後、各社の劇映画、PR映画、TV-CFなどの撮影助手に従事。
主な撮影作品に、『わが街わが青春 石川さゆり水俣熱唱』(1978年)、『人間の街 大阪・被差別部落』(1986年)、『よみがえれカレーズ』(1989年)、『ナージャの村』(1997年)、『アレクセイと泉』(2002年)、『いのちの作法 沢内「生命行政」を継ぐ者たち』(2008年)、『バオバブの記憶』(2009年)、『葦牙-あしかび- こどもが拓く未来』(2009年)などがある。

録音 若林大介

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Biography

1978年、東京都生まれ。
2001年、日本映画学校録音ゼミ卒業(13期)。その後、録音助手を経て、現在、デジタル化した日本映画学校の録音スタジオの管理、およびデジタル録音の指導を務める。
主な録音作品に、『いのちの作法 沢内「生命行政」を継ぐ者たち』(2008年)、『葦牙-あしかび- こどもが拓く未来』(2009年)がある。

編集 菊池純一

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Biography

1950年、北海道札幌市生まれ。
1969年、日活に入社。10年間、編集チーフを経て独立。編集事務所「JKS」を立ち上げる。主な編集作品に、『ガキ帝国』(1981年/監督・井筒和幸)、『がんばっていきまっしょい』(1998年/監督・磯村一路)、『火火』(2004年/監督・高橋伴明)、『それでもボクはやってない』(2007年/監督・周防正行)など多数の作品がある。

音楽 森拓治

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Biography

1944年、東京生まれ。
1957年、灰田晴彦(有紀彦)氏にウクレレソロを師事。成城大学文学部・音楽美学科に在学中、芥川也寸志氏にオーケストレーションを学ぶ。
大学卒業後、日本映像記録センターに入社し、300作品の音響ディレクターとして活躍。主な作品に、『人間の教育 少年は何を殺したか』(1976年)、『わが街わが青春 石川さゆり水俣熱唱』(1978年)、『いのちの作法 沢内「生命行政」を継ぐ者たち』(2008年)、『1000年の山古志』(2009年)、『葦牙-あしかび- こどもが拓く未来』(2009年)などがある。

音楽 長谷川光

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Biography

1960年、大阪生まれ。国際的なギター&バンジョー、フィドル奏者。1992年、初のソロアルバム『SHOW BY BANJO』が米国で高い評価を得る。主な作品に、『THE SOUTHERN TRAIN』(1983年/※7曲に参加)、『Gypsy in Texas』(1999年)ほか多数。

ナレーター 伊藤惣一

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Biography

1935年、静岡県出身。
早稲田大学文学部演劇専修を卒業する。自由舞台が出発点、「ぶどうの会」「演劇集団・変身」「劇団三十人会」 を経て、1973年、フリーで活動を開始する。最近では朗読講師の仕事もしている。主なナレーター作品に、『不知火海』(1975年/監督・土本典昭)、『ぶんきょうゆかりの文人たち』(1988年/監督・時枝俊江)、『菅江真澄の旅』(2002年/監督・飯塚俊男)ほか多数。

助監督 中越信輔

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Biography

1982年、高知県生まれ。2004年、日本映画学校・脚本ゼミ卒業。

炊事 米沢洋子

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映画班に宿舎を提供してくれた深沢弥右衛門(左) と深沢節子(中央)、炊事を担当・米沢洋子(右)