banner_title.pngbanner_art.pngtheater_banner29.png

gallery_1.png

1947年頃 「家」1950年頃 「運河」1967年 「街」1969年 「陽」
1973年頃 「山」1951年頃 「芙蓉」1956年 「自画像」1973年頃 「顔」
1976年 「顔」1958年 「舞妓」1963年頃 「舞妓」1964年 「舞妓」
1965年 「舞妓」1968年 「舞妓之圖」1964年 「観世音菩薩」1972年頃 「菩薩」
1972年 「我が妻」1976年 「老子道教」1977年 「仙人双相」1963年 「子供」
1964年 「戦」1968年 「三島由紀夫像」1969年 「戸川晶子像」1972年頃 「裸婦」
1974年 「裸と私」1946年 「斜陽」1969年 「山々」1955年頃 「菊」

gallery_2.png

gallery_photo29.jpg

1924年 愛知県豊橋市に生まれる。
1940年 病身にため豊橋市立商業学校を中退。
1946年 中村岳陵に師事、日展初入選。
1950年 第6回日展に「谿泉」(豊橋市美術博物館蔵)を出品、特選となる。
1952年 「女人」で特選を受賞するが肺結核のため1957年まで制作活動を中断する。
1960年 第3回新日展の審査員となる。
1961年 川崎市細山に転居。蒼野社をやめ日展を脱退する
1963年 個展「男と女」(上野松坂屋・名古屋丸栄)を開催。従来の画風を脱した野心作30点を発表。
1964年 映画「怪談」(小林正樹監督)のため「源平海戦絵巻」5部作(国立近代美術館蔵)を制作。
1966年 個展「顔の自伝」(日本画廊)開催。
1967年 直腸癌の手術を受ける。
1969年 個展「太陽と月のシリーズ」(銀座三越)開催。
1970年 写楽研究の成果「写楽」(ノーベル書房)を出版。東京造形大学の日本画講師となる。
1974年 人人会を結成。第1回 人人展(日本橋三越)開催。
1975年 東京展市民会議を創設。事務局長として奔走。第一回東京展(都美術館)開催。
1977年 4月16日肺癌のため死去。 享年52才。
1980年 NHK日曜美術館「私と中村正義」放映。『中村正義画集』(講談社)刊行。
   「異端の天才画家 中村正義」展(豊橋市美術博物館)開催 。
1983年 「反骨・奔走の偉材 中村正義」展(神奈川県立近代美術館)開催。
1988年 川崎市の自宅を美術館としてオープン。
1993年 NHK日曜美術館「現代日本画の出発 中村正義」放映。
1997年 「没後20年-中村正義」展(豊橋市美術博物館、川崎市市民ミュージアム、新潟美術館)。
1998年 中村正義の美術館10周年の記念として『創造は醜なり』(中村正義 著/美術出版社)刊行。
1999年 NHK新日曜美術館「拝啓中村正義さま」放映。
2005年 TV東京 美の巨人たち「100枚の自画像」放映。